未来:将来の相続対策・納税資金プランの支援
ある資産家との運命的な出会い
Sさんとの出会いはちょうど1年ほど前、都内のホテルで開催されるセミナー会場でした。当時、私はFPとして定期的に相続セミナーを開催していましたが、そのセミナー当日の講演が終わってからのいわゆる個別相談会でのことでした。
相談のクライアントは40代のインテリ風の方で、席に着くなりいきなり「財産の調査をしてほしいが費用はいくらかかるか」という突然の申し入れでした。恐る恐る相手方の財産を聞き出していくと実は大変な資産家であることがすぐに判明しました。
Sさんとのいわば運命的な出会いの瞬間でもありました。Sさんの親は元々農業で大半が市街地農地でざっと6000坪ほどはありました。大雑把な土地評価で見積もっても27億円ほどはありそうでした。相続税は1次相続と2次相続で合わせて9億円ほどであることは私の愛用するポケットコンピューター(ポケットFP)で瞬時に計算できました。
実はその程度のことはSさんは顧問税理士から聞かされているらしく、さらに話をよく聞いていくと税金がいくらかかるかという問題も当然ですが、どの土地をどうのように物納すべきか売却すべきかという納税プランに事前の対策を想定していきたいというのが本当の目的であることが判明しました。
Sさんは、以前にも有名な相続コンサルタントからも提案を受けており今まで山ほどの?提案書を受け取っていました。ただその大半がいわゆる土地有効活用等のアパートマンション建築の類のもので何らSさんの悩みを解決するものではなかったようです。
「それで、調査費用は?」と聞かれ、その場で「はい、60万円ほどでいかでしょうか」と答えると「・・・・そうですか、検討してご連絡します」と言われセミナー会場をあとにして行かれました。この調査費用の算出は、具体的な土地の場所や詳細なことはほとんど確認しないままドンブリ勘定の金額であったことは言うまでもありません。それが、後でとんでもないことになるとはそのときは知る由もありませんでいた。
Sさんの土地調査のはじまり
それから3ヶ月ほど散発的にSさんとお会いしてお互いのコミュケーションを徐々に深めて地主さんFPとの関係擬きを築き上げて行きましたが、やはりSさんも地主さんですので、そう簡単には警戒心を解いてはくれませんでした。
Sさんは、大学卒業後20年ほど勤務した金融機関を退職して士業の資格(税理士ではありませんが)を取り開業準備中でした。士業の傍ら自分の財産管理とその整理をすることが地主の長男としての使命と自覚をされていました。
サラリーマン時代も夫婦で土日の休みの日は1年中畑の仕事で辛い20年であったとの苦労話をポツポツとお話されるようになったある日、「じゃあ、それでお願いします」と、最初の出会いで宿題を出されていた「土地調査業務」を受けることになりました。
通常、土地調査はまず名寄帳をいただくことから始まるのですが、先に見積もりを出してから名寄帳をもらうことがこれほど恐ろしいこととは夢にも思いませんでした。実はこの60万円という土地調査見積もりは従来の経験から弾いた金額でしたので多少現場が違っていてもそう変わるものではないだろうと安易に考えていたのが間違いでした。
一般的にはこのクラスのクライアントの土地は概ね一団に固まっていて現調(げんちょう・現場調査)も1日あれば終了してしまうものです。ところが、名寄せ帳を持って法務局へ行き一筆づつ公図と航空地図を照合していくととんでもない事実が次々に現れました。
なんと現場は、半径3kmの範囲でそれぞれ14団地にも別れていたのです。通常いわゆる役調(ヤクチョウ・役場調査)は、午前中に法務局を廻り午後は市役所の建築指導課や都市計画課等の調査で午後3時には終了するのですがその日は法務局の調査で丸一日かかってしまいました。
行政調査を翌日になんとか終えて、まず現場の下見ということで、翌々日の朝9時から現場の確認に廻りました。そこでまたまた仰天、全部の現場を確認し終わった時にはすでに夕日が西の空に沈もうとしていました。今更断る訳にはいきませんし、帰りの車の中で「これは大変な仕事を受けてしまった・・・・」と諦めの面もちでその日は帰路に着きました。
FPの土地調査はコワークで効率アップ
Sさんの実際の土地調査は、14団地のすべてにおいて各利用区分毎に簡易測量を実施して現況面積を算出するのですが、以前は現場測量に平板と50mテープを使用して、雨の日の翌日の調査などの畑の現場ではテープがドロドロになってしまい効率が悪く苦労したのものです。
最近、レーザー光線の距離計を入手して現場測量が飛躍的に楽になりました。それでも実際のSさんの現場測量をすべて終了するのに3日もかかりました。なぜか、大半の現場が公図とはかなりの相違があり実際の地形で作図することにより、ほとんどの土地に不整形地(図1)がでてきました。
また、広大地評価(500m²以上の開発を必要とする道路等の公共用地を想定した評価)で実際の作図をするときの開発想定図(図2)は、各行政毎でその都市計画と開発指導要綱の具体的な指導内容がことごとく違いますから注意が必要になります。
私は、作図にはフリーソフトの「JW-CAD for Windows」を使用しています。ソフト代もフリーソフトですから無料でネットでダウンロードができます。また、コワーク(協働)で作図を設計事務所に依頼した場合でもメールの添付ファイルで送受信ができて大変便利です。
このCADを使用してからコワーク仲間とは現場調査で同行した後の業務打ち合わせはすべてメールで済ましています。いずれにしましても現調と役調にその作図は、自分のネットワークで最大限のコワークを生かしての作業が効率的です。
現調は土地評価の原点
土地評価上のいわゆる財産評価基本通達の実務的な現場調査と作図作業はFPの専門分野の仕事です。なぜなら、今回のこのSさんの現場もご多分に漏れずこの通達のデパートのようなものでした。
まず、広大地評価(通達24-4)対象地が9ヶ所。42条2項道路のセットバック(通達24-6)対象地については、10ヶ所。崖地評価(通達20-4)が1ヶ所。用途地域境界の容積率相違(通達20-5)の対象地が3ヶ所。無道路地(通達20-2)が1ヶ所。都市計画道路(通達24-7)対象地が1ヶ所。生産緑地(通達40-2)が3ヶ所。貸宅地(通達25)が1ヶ所。貸家建付地(通達26)が10ヶ所。
すべての土地が不整形地(通達20)。その他もろもろ・・・・。ここで注意が必要なのが、現場の実測をしてみますとその地形は公図とも航空地図ともかなり相違がある場合が多いのです。公図ではほぼ長方形であっても実際はかなりの不整形地でその陰地割合は簡単に10%を超してしまいます。
もし陰地割合が30%以上であれば評価減は2%~10%も違ってきますからこれは現場調査で一番重要な調査になります。しかし、なんと言っても圧倒的な評価の分岐点は広大地評価です。相続評価は広大地に始まって広大地に終わる?と言えるでしょう。
FPとしての資産承継対策業務
いよいよSさんの提案書も各土地の図面ができればいよいよ資産承継対策の提案をします。提案書作成のソフトはやはりエクセルの表計算で作成するのが一番ですが、もちろん市販の相続税ソフトもそれなりに利用できます。
相続税ソフトは個人的には、NTTデーターの「相続税の達人・財産評価の達人」がお勧めです。エプソンの「相続税顧問・財産評価顧問」や「魔法陣」JDLIBEX の「財産評価・相続税申告書」等もあります。とはいいましても税理士として実際に申告業務をするわけではありませんので、FP業務としての資産承継対策の提案書作成は、やはりエクセルでクライアントのニーズに合わせてオリジナルに作成していくのがいいと思います。
さて、肝心のSさんの最終的な財産評価ですが、当初の27億円ほどの見込みであった概算の評価は、現場調査実施による土地評価でなんと2割減の22億円程度まで減価となりました。最終的に調査報告内容について顧問税理士の監修も終わり、いよいよSさんに報告書をお届けする日がきました。
久しぶりにお会いしたSさんは、すでに仕業看板を上げ胸に士業会のバッジをつけての登場となりました。半年ほどのお付き合いの中で自然と世間話に盛り上がったあとに、「22億円ほどになりました」と報告書を拡げながら説明を開始した途端です。
「えっ・・・」と言って一瞬フリーズして手に持っていたコーヒーをこぼしてしまいました。想定していた金額とあまりにも違いがあったためでしょうか、驚きと喜びが隠しきれない様子でした。こうしてSさんからの最初の仕事を無事に終えて、その後Sさんからの財産のあらゆる相談を日々受けるような信頼関係をもつようにできたことは言うまでもありません。
不動産に特化した「相続FP」の登場
Sさんの事例のように広大地評価等でかなりの評価減がでることは十分にご理解できたことと思いますが、ただ、残念ながらこの広大地評価をして相続税を申告された相続人やこれからされるようとする相続人がまだまだ少数派であるということです。
いや、5年前くらいに遡ってよく見てみるとほとんど皆無といっても過言ではありません。これは、その相続人の当初申告を担当したた税理士の無知と不動産素人であるということに他なりません。Sさんのような資産家の場合にはなんと全体の土地評価は2割以上の差が出てきます。
もしこのような資産家の相続人の方がこうした土地の評価減をしていなかったとすれば2割の評価減で税率50%とすれば何千万円という相続税を無駄に支払った可能性も否定できません。「あなたは相続税を払い過ぎていませんか」「あなたは相続税を払い過ぎようとしていませんか」と私はFPとして敢えて唱えたいと思います。
一般的に税理士は相続の専門家ではない場合が多いものです。相続は遺産分割そのものですから、相続財産の大半を占めるであろう不動産の専門家が実は相続の専門家であるべきです。これからは不動産に特化したFPの登場がもっともっと待たれるところです。今まさに「相続FP」の登場です。多くの相続FPの登場を期待したいと思っています。